シンガ−ソングライタ−系のア−ティストが、大ブレイクした後、
どこか気の抜けた作品を発表して消えていくのを、度々目にしてきた。
レコ−ド会社から新作を急がされるあまり、
歌詞のクオリティ−が落ちてしまう場合が多いように感じる。

質の高い歌詞を、短期間に量産するのは難しい。

「歌詞なんて何でもいいんだよ」
技術系ミュ−ジシャンは時折、そんなことを口走る。
わたしはそうは思わない。
歌詞は重要である。
言葉と音との相互作用があってはじめて、
曲の中に
「より深い意味」が生じてくる。
これが曲に力をあたえる。
それこそが曲の生命線であるとわたしは感じる。

そこで今月から4ヶ月にまたがり、
そんな「歌詞」と「曲」とが見事に作用しあっているケ−スについて、
いくつかの例をあげてみたいと思う。



その@  『証城寺の狸囃子』(詞 野口雨情  曲 中山晋平)
    ・・・・・・ありえないけど!強烈なビジョン!

   しょ しょ 証城寺  証城寺の庭は
   つ  つ 月夜だ  みんな出てコイコイコイ
   おいらのともだちゃ  ぽんぽこぽんのぽん

    まけるなまけるな  おしょうさんにまけるな
    コイコイコイコイコイコイ みんな出てコイコイコイ

   しょ しょ 証城寺  証城寺の萩は
   つ  つ 月夜に花盛り
   おいらはうかれて  ぽんぽこぽんのぽん 


この曲…お寺の庭に、大勢の狸が次から次へと現れ、
なにやらお祭りのようなものが開催されているようである。
だが何の目的で、実際に何が行われているのかについては、
一切言及されていない。
しかし曲を聴いていると、寺の庭にあふれんばかりの狸たちが輪になって座り、
大きなおなかをぽんぽこ打ちならしている、ありえないビジョンが浮かんでくる。

昼間ではない。

月夜の晩である。

しかも、萩は花盛りである。桜ではなく、菊でもない。萩である。

…ということは、
これはあきらかにミステリアスな秘密のイベントなのである。

さらに本来、
狸を追っ払っていて然るべき、寺の管理者である「おしょうさん」までもが
狸と一緒になって「まけるな、まけるな」とやっている。
これは一般的には、見てはいけないもののような気がする。
決して、普通の、正常な寺の状態とはいえない。

聴き手もいつしか、狸囃子のただ中へ引き込まれ、
現実から遠く離れた秘密の数分間を体感するのである。
中華風なアレンジも、曲と歌詞に見事にマッチしている。



そのA  『よこはま、たそがれ』 (詞 山口洋子  曲 平尾昌晃)
    ・・・・・・シンプルな情景描写によって進む、濃厚なスト−リ−。

   よこはま  たそがれ  ホテルの小部屋 
   くちずけ  残り香   煙草のけむり
   ブル−ス  口笛    女の涙
    あの人は行って行ってしまった  あの人は行って行ってしまった
    もう帰らない

   裏町  スナック  酔えないお酒
   ゆきずり  うそつき  気まぐれ男
   あてない  恋歌  流しのギタ−
    あの人は行って行ってしまった  あの人は行って行ってしまった
    もうよそのひと

   木枯らし  想い出  グレ−のコ−ト
   あきらめ  水色  つめたい夜明け
   海鳴り  灯台  一羽のかもめ
    あの人は行って行ってしまった  あの人は行って行ってしまった
    もうおしまいね


この曲は、いったい誰の視点に立って書かれているのか、はっきりとわからない。
ホテルの小部屋にいる男性の視点なのか、女性の視点なのか、
はたまたこの男女を客観的に視ている、
「存在し得ない第3者」の視点であるとも考えられるのである。
しかも、最後の1行「もう帰らない」以外はすべて情景描写、
それも、シンプルな単語の羅列に徹している。
この曲でわたしが一番ググッとくるところは
「ぶぅるぅうすぅ〜♪」
と、五木ひろしがこぶしを握りしめて眉間にしわをよせる瞬間である。

この曲も「証城寺」同様、
なにがどうなっているのかわからない。
「行ってしまった」人が男性なのか女性なのかも明言されていない。
しかし、却ってそれが想像をかきたてる。
頭の中には、どんどんと勝手にスト−リ−が展開してゆく。
挙句の果てには…
特に便宜上想像しなくても良い「あんなこと」や「こんなこと」まで
想像させられてしまうわたしなのである。

   
      (Aへつづく…)

2008 9月
  歌詞は曲の生命線である。@

「共犯者」 ルパ−ト・ホ−ムズ    1980

恋人募集の匿名広告を出したら、
別れかかっていた自分の彼女が応募してきて、よりが戻る「エスケイプ」。
世界はぼんやり見えているほうが素晴らしいと歌う「二アサイテット(近眼)」など、
ユ−モアとペーソスが交錯する歌詞を連発したルパ−ト・ホームズ。
ウディ・アレンの映画のような、垢抜けない男の悲哀がにじむ…。曲のセンスも抜群だった。