先月はオ−ディオアンプを買い替えた話を書いたが、
その調査中に、ある発見があった。
それは、レコ−ド針のことである。
わたしこと井形大作が現在使っているカ−トリッジは、
シュア−の「M44G」という定番モデルである。
このカ−トリッジが、なぜ今でも作られ続けているかというと
「丈夫で、安価で、音が良い」
という理由で、D・Jの人たちが多く使っているので需要があるのである。
ところで、中古のアナログレコ−ド屋は今でもけっこうある。
わたしの家からチャリで行ける範囲内にも4〜5件はある。
実はこれも、D・Jさんたちのおかげなのである。
D・Jさんたちはいつも、大量にアナログレコ−ドを売買しているそうなのである。
店のカウンタ−で、
ダンボ−ルにごっそりとレコ−ドを詰めて売りに来ている人を、たまに見る。
一方、陳列棚の片っ端から、業務用の凄まじいスピ−ドでレコードを漁りまくり、
20〜30枚を平気で買ってゆくハゲタカのような人を見かけたりもする。
くさりが体から何本も垂れ下がっていたりもする。
あれが「D・Jの人」なのに違いない。
おかげをもってアナログレコ−ド店は、
今日も営業を続けてゆくことが出来ているのである。
「D・J」なる人々が、どこでどんな生活をおくっているのかまったく知らないが、
わたしは前述のような場面に出くわすと、
おそらく「D・Jの人」であろうその人の背中に向かって、
おててとおててのしわをあわせて「ありがとう…」と、
そっと拝んでいるのである。
さて、わたしは他にもう2つ、カ−トリッジを所有している。
ひとつはシュア−の「M75ED」、
もうひとつはデンオンの「DN-65」というやつである。
両方とも、もうとっくの昔に製造終了で、
交換針ももうないものだとあきらめていたのだが…。
あったのだ。
「日本精機宝石工業株式会社」
この、わたしには何の用事もなさそうな名称の会社。
ここが各メ−カ−の代用針を、コツコツと作り続けていたのである。
わたしは20年近く仮死状態となっていた2つのカ−トリッジを、
ガラクタ箱の中から拾いだした。
捨てなくてよかった。
こいつらをよみがえらせてやろう。
まず「M75ED」だ。
このカ−トリッジは「M44G」より音が大きく、太い。
ポッテリとした音でハギレは今ひとつであるが、
50年代のジャズなどを聴くと雰囲気満点のものであった。
「日本精機宝石工業株式会社」から送られてきた針を見ると、
オリジナルの針とは明らかに形状が異なっている。
オリジナルの針はカンチレバ−が太く、指で触るとボヨ−ンと
あまり弾力がない。
対して、「日本精機宝石工業株式会社」製の針は細くてピンピンしている。
音が激変した。
ポッテリ感がなくなって、タイトな切れの良い音になった。
70年代のロックに合いそうなカ−トリッジに変身した。
交換針の形状で、かくも音に変化があるものなのか…。
驚いたわたしは、日本精機宝石工業株式会社の針で
「M44G」がどう変わってしまうのか聴きたくなった。
「M44G」のオリジナル針は今も生産されていて、これは丸針であるのだが、
日本精機宝石工業株式会社製のものは、
丸針と楕円針から選べるようになっている。
わたしはやや高価な楕円針を取り寄せた。
するとどうだろう。
「M75ED」の針の時のような、明らかな針の形状の違いは見られなかったものの、
レコ−ドをかけてみてわたしは唖然となった。
音が3倍くらい大きくなっている。
針の形状で音質が変わるというのはなんとなく納得がゆく。
しかし針で音がデカくなるというのは、どういう理屈だろう?
元々音のデカかった「M75ED」より、はるかにデカい音で鳴っている。
なんとも不思議なりアナログの世界である。
こうなったらもう止まらない。
デンオン「DN−65」も試してみよう。
これの針は楕円針とSAS針から選べるようになっている。
この「SAS針」
(サザンオ−ルスタ−ズ針ではない。ス−パ−アナログスタイラス針という)
は、日本精機宝石工業株式会社の説明によると、
「カッティングマシ−ンの針の形状に近づけた、究極のレコ−ド針である」
ということである。
値段も楕円針の2倍はしている。
ええい、この針も購入だ!
アンプが29000円なのに、たかが交換針に10000円もかけるとはどういうことだ。
収支のバランスを考えて生活したほうがいいんじゃないのか。
まあいいや!
ちなみに、日本精機宝石工業株式会社のホ−ムペ−ジに、
チップ(針先)をカンチレバ−に装着する工程を行っている
若い女子従業員の写真が掲載されている。
写真の横には、
「肉眼でやっています。顕微鏡なんていちいち見てません。慣れてるから大丈夫」
というようなコメントがついている。
さすが若い女の子。目がよいのである。
送られてきた「DN-65」の針を見ると、
もともと細いカンチレバ−が、さらに細くなっている。
この細さはMCかと思うほどである。
この細いカンチレバ−の先に針をくっつけるのを、肉眼でやっているとは驚いた。
わたしにはカンチレバ−さえ見えにくい。
しかも先の女子従業員の写真をよく見てみると、
髪の毛が垂れ下がって片目をふさぎ、
ゲゲゲの鬼太郎のような状態になりながら肉眼の作業を行っている。
これはもう、目がよいとかいう問題では済まされない。
肉眼というより、心の目で作業をしているのである。
※尚、この女子従業員の写真は、現在では別の人に変更されている。
私が上のようなことを書いたせいかもしれない。ンなことはないか…
さて音の方はというと、最初は違いがよくわからなかった。
しかし暫く聴いていると、高音域がスカッと抜けて
見通しがよくなっているのに気が付いた。
ボ−カルの「サ行」やハイハットの歪みが明らかに軽減され、透明感が増している。
これはよい。
かようなことでわたしは今、
レコ−ドにあわせてカートリッジを交換したりなんかして、
実にマニアックかつ贅沢なオ−ディオライフをおくっているのである。
ところで昨今、このアナログオ−ディオの世界にも
オソロシイ格差社会の風が吹き荒れている。
たとえばレコ−ドプレーヤー。
1万円前後のおもちゃのような、とりあえず音出ます的なものは
各社こぞって出している。
ところがその上は、30万から100万円以上の高級輸入品ばかりである。
この格差はなんだ。
カ−トリッジもしかり。
誰が何のために買うんだかわからないような、
何10万円もするのがごろごろ売られている。
売っているからには買う人がいるのに違いない。
世の中、貧乏人と大金持ちとにはっきりと2分されている。
カ−トリッジを入れておく木箱が、我が家のアンプよりも高価である。
そのうち、アナログオ−ディオテロがおこるだろう。
2009 6月
「針はがんばっている」